木の倒れる音がする「天狗倒し」と「古杣(ふるそま)」
女性は身の危険を感じると嗅覚と聴覚が通常時の何倍も敏感になると言われます。
それは危険を回避するために人間がいえ動物が本能から身に付けた力の一つです。
他にも身に危険が及ぶと目に見えるものがスローモーションに見えたりするのも危機回避のために体が脳の処理能力を上げた結果なのでしょう。
それではそれら五感の中で音つまり聴覚に注目してみましょう。
あなたが暗い夜道を歩いていたとします。不安な気持ちを抱えながら歩いているとほんの小さな音にもビックリしてしまいますよね。
ですがもし誰か頼りになる人がが一緒に歩いていたとしたらそんな小さな音には気付きもしないはずです。
それは不安になることであなたの聴覚が敏感になったことと暗さにより視界がはっきりしないために音の世界に意識を向けることで微かな音にも反応出来るようになっているのです。
今回ご紹介するのはそんな音の怪異です。正確には姿形のない音だけの怪異で「天狗倒し」と呼ばれています。
天狗倒しとは山の中を歩いていると「カーンカーン」という木を切るような音が聞こえます。やがて「ドォーン」という大木が倒れるような音が聞こえてくるのだそうです。
しかし音のした場所に行ってみても誰もおらず木を切っていた形跡すらないのだと言います。
天狗倒しは冬や夜に起こることが多く中には木を切り倒す音だけではなく風が吹いていないのに突風が吹いたような轟音が鳴り響くといったパターンもあるそうです。
この天狗倒しは福岡県にある修験道の山である英彦山(ひこさん)でよく起こるのだそうです。他にも山梨県や栃木県、埼玉県に奈良県などでも天狗倒しについての伝承が残っています。
所は変わり四国地方には「古杣(ふるそま)」と呼ばれる怪異の伝承があります。
樵(きこり)達が仕事を終えて山から下りて夜の帳も下りた頃に山から音が聞こえてきます。
それは「カーンカーン」という木に楔を打つような音です。そして「バリバリ」や「ドォーン」といった木が倒れるかのような音だといいます。
しかし夜が明けてから樵が山に入り音がしていた辺りに行ってみても伐採の痕跡など何もなかったというお話です。
「杣」は山林や伐採された木という意味を持ちますが古杣の杣には樵という意味合いがあるそうです。
伝承では伐採中に亡くなった樵の亡霊が夜な夜な山で木を切り続けるのだと言われています。他にも山神の仕業だともされている伝承も残っています。
そして音だけの怪異というのは天狗倒しや古杣の他にも各地にいろいろな伝説があります。それらをいくつかご紹介しましょう。
各地に伝わる音だけの怪異達
ここまで人の聴覚つまり音で恐怖を与える怪異「天狗倒し」に「古杣」についてお話ししました。
ですが日本各地にはこの他にも音だけの怪異の伝承がいくつか残っているのです。
鹿児島県東部には「空木倒し(からきだおし)」と呼ばれる怪異についての話があります。
空木倒しは天狗倒しと同様に木が倒れる音がしたけれど行ってみても何も起こっていないというものです。
この地方では天狗の仕業という話の他にも狐や狸の仕業だともされる伝承が残ります。
同じく鹿児島県の別の地域や大分県では「空木返し(そらきがえし)」という名前で語られることがあります。
新潟県にも実は空木返しの話が残っており九州地方とは違い新潟県の空木返しは狢(ムジナ)の仕業だと考えられています。
そして古杣の伝説が残る四国地方の土佐つまり現在の高知県には「杖突き(つえつき)」と呼ばれる怪異の話があります。
夜にまるで杖を突くような音が聞こえてきてその音の主と出逢うと命を落としてしまうのだそうです。
夜道で聞こえるハイヒールの音。それを女性だと思い振り向いてしまうと危険なのかもしれません。
さて、ここまで音の怪異についてお話ししましたが実はこの怪異と仲良くなれば良いこともあるのです。
例えば天狗倒しは仲良くなると「明日は朝6時に起こしてください」とお願いしておくとその時間に大きな音を立てて起こしてくれるのだそうです。
張り詰めた空気とよく言いますが糸電話の糸のように張り詰めたものは音をよく伝達します。
同じ音でも緊張した状況の中よりも緩い空気の方がきっと柔らかく聞こえるのではないでしょうか。
それでは今夜はこのあたりで。